吉田 兼好 まとめ。 吉田兼好|国史大辞典|吉川弘文館

作者は吉田兼好(よしだけんこう)や兼好法師(けんこうほうし)の名で知られる卜部兼好(うらべかねよし)で、彼が48歳頃に、それまで書きためていた244もの散文をひとつにまとめたものと考えられています。

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ですから、おおよそのイメージとしてとらえてくださいね。 史実を元に彼の人柄を文化人として表する言葉を選ぶとすれば、園太暦(えんたいりゃく)に書かれているように「和歌数寄者(わかすきもの=風流人)、そして太平記では「能書(達筆)、遁世者(出家者)」であったとされています。 その結果出来上がったのが、 全長約30メートルほどの大きな巻物。

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慈遍の弟。 これを機に二条為世の門下において和歌四天王となったそうです。

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ですが彼は、 無類の犬好きとしても知られています。 文庫クセジュ 0. 原文:道を学する人、夕べには朝あらんことを思ひ、朝には夕べあらんことを思ひて、重ねてねんごろに修せんことを期す。

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風巻景次郎は、成長した兼好が久我家 (こがけ)の家司 (けいし)を勤めたことを推定している。 康永三年(一三四四)に、足利尊氏が多くの人々に働きかけてまとめた『宝積経要品 (ほうしゃくきょうようぼん)短冊和歌』の中に、和歌四天王のほかの三人とともに、五首を詠じて収められている。 ある弓の師匠が言ったことを兼好が紹介した言葉です。

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現代とは住環境は随分違うでしょうが、意外に実用的でちょっとうるさい兼好法師の一面がうかがえる部分です。 数行で終わってしまうとても短い段もあれば、長い文章で考えを語る段もあります。

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また、「長生きして老醜をさらして何になろうか、『命長ければ恥多し』だ。 ポケプロ和伊 0• 江戸時代からさらに時を経た現代にいたってもなお、その生き方は多くの人の共感を呼び、吉田兼好が著した『徒然草』は、人生訓として人々に親しまれています。

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人名・文化・宗教 11• 兼好の和歌は 「続千載集」「続後拾遺集」「風雅集」に合わせて18首おさめられています。

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特徴としては、平安時代に女性が好んで用いていた平仮名による和文と漢文の書き下し文である漢文訓読体とが混ざり合って生まれた文体です。 『徒然草』が書かれたのは、鎌倉時代も終わりが見えてきたのは14世紀のはじめ。 おそらく思いつくまま書きつづっていたのでしょう、とても長い段もあれば、数行でおしまいという段もあります。

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